🍀tue-noie

小学5年生と3歳の8歳差兄弟が暮らす「とぅえの家」の運営記録 −子育てメインに節約・旅行・仕事など−

MENU

歴史の大舞台【泉岳寺】無念しかない「赤穂浪士」涙のストーリーと共に

我が家(の大人)は、歴史好きです。といっても幕末。同じ江戸時代でも、「赤穂浪士」って、討ち入りした話ね。程度の知識でした。

先日、泉岳寺のすぐ近くにあるアパホテルに宿泊したので、行ってみようか!という軽いノリで立ち寄りました。

泉岳寺といえば、赤穂義士の墓所があることで有名ですよね。

本記事では、境内のご紹介と、とても簡単に赤穂浪士の事件をまとめています。読んで頂ければ、おおかた泉岳寺と赤穂浪士については、とても簡単にご理解頂けることと存じます。

 

 

泉岳寺境内

⬇︎中門 

f:id:tueko:20200723095312j:image

地下鉄の泉岳寺駅を出て、緩やかな坂道を登るとまず見えてくるのがこちらの門です。

 

⬇︎門をくぐると、すぐにきれいな紫陽花が目に飛びこんできました。

f:id:tueko:20200723095342j:image

雨の中、訪れたのは6月中旬。梅雨真っ只中です。

 

⬇︎お土産屋さん

f:id:tueko:20200723095334j:image

高輪の地の、こんな観光地らしいレトロなお土産屋さんにほっこり。笑

 

⬇︎山門 

f:id:tueko:20200723085553j:image

鎌倉作りの立派な門ですね。

 

⬇︎本堂 

f:id:tueko:20200723091427j:image

大きな寺院ですよね。家族みんなでしっかり参拝しました。

 

⬇︎早速、サインの通り赤穂浪士のお墓に向かいます。

f:id:tueko:20200723091539j:image

 

⬇︎左手に赤穂義士記念館。その前を通ってさらに墓所へと向かいます。

f:id:tueko:20200723091853j:image

 

⬇︎赤穂義士の墓所

f:id:tueko:20200723092647j:image

 

⬇︎浅野内匠頭のお墓

f:id:tueko:20200723091909j:image 

 

⬇︎大石内蔵助のお墓
f:id:tueko:20200723091843j:image

 

⬇︎墓所に行くにはこんなバリアフリーの通路も完備されています。ベビーカーも車椅子もOKですね。
f:id:tueko:20200723091858j:image


全体的にきれいに整備された寺院だと思いました。

 

我が家は、東京に越してきた年の義士祭に参加するため、泉岳寺を訪れたことがあります。

その時は大混雑でしたので、墓所までたどり着くのは困難と判断し、中門あたりをちらりと見て帰りました。当時4歳の長男連れでしたので。

今回は土曜日でしたが、外出自粛が解除されたばかりの雨の日でしたので、ほぼ、我が家の貸切状態でした。

本来なら、多くの参拝客が訪れる人気スポットだと思います。

 

泉岳寺の歴史

ここで泉岳寺を簡単にご紹介しておきます。

  • 曹洞宗の寺院。本山は、福井県 永平寺(道元)と横浜鶴見 総持寺。
  • 徳川家康が江戸城付近の外桜田に創設。
  • 寛永の大火(1641年)で焼失。3代将軍家光により現在の高輪に移転。
  • 第二次世界大戦によりほぼ焼失。現在のものは1953年に再建。
  • 赤穂藩主浅野家の菩提寺
  • 国指定史跡 赤穂47義士墓所
  • 義士祭 (春:4月初旬、冬:12/14)

 

泉岳寺を訪ねるには欠かせない「赤穂浪士」物語

我が家は行き当たりばったり的な、泉岳寺立ち寄りでした。

折角行ったのに、「赤穂浪士の討ち入り」という歴史的事実があったことしか覚えていませんでしたので、後日、調べました。

 

「赤穂浪士」物語を簡単にまとめるならば、

主君が江戸城内で斬りつけ事件を起こしてしまった。

これに対する幕府の理不尽な裁きにより、主君のみが切腹で命を落としたことに不満を持った家臣が、仇(かたき)を打つ話。

敵の首を主君の墓前に備えて涙の報告後、仇討ちを行った家臣(47人)も切腹した。

というのが、全容です。

 

ここで登場人物を紹介します。

 

  • 主君:浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)。赤穂藩主(兵庫県)=お殿様。

  • 敵: 吉良上野介(きらこうずけのすけ)。江戸幕府で儀式や典礼を司る。

  • 家臣:リーダーとして仇討ちを統率したのが大石内蔵助(おおいしくらのすけ)。

 

事件のポイントを解説します。

 

江戸城内での斬り付け事件

幕府が天皇の勅使(ちょくし)を迎える行事を行うために、江戸城に赴き任務遂行していた浅野が、その指導役の吉良に激怒し、斬りかかった殺人未遂事件。

斬りかかった理由は諸説あり、

  • 吉良への賄賂が少なく、機嫌を損ねた吉良が、浅野に嘘を教えた
  • 行事のやり方で揉めた
  • 赤穂の塩田技術の情報が欲しい吉良に、浅野が教えなかったため、嫌がらせが始まった
  • 吉良が浅野の奥さん(瑤泉院)に言い寄った

などの確執があったと言われていますが、本当の理由はわかっていないそうです。

ちなみに、この斬りつけ事件を起こした場所が、江戸城本丸の大廊下、かの有名な「松の廊下」ですね。

 

幕府の理不尽な裁き

当時は、喧嘩両成敗が解決のルールだったのにもかかわらず、吉良は一切のお咎めなし。

一方の浅野は即日切腹。赤穂浅野家はお家断絶でお城明け渡しという厳しい処罰。

斬りつけ事件はお昼頃なのに、その日の夕方には切腹というスピード処分。

刀を抜く行為は禁止のはずの江戸城内での出来事、また、天皇の勅使を迎える大事なイベントの当日であったことへの、5代将軍「徳川綱吉」の激怒ぶりが伺えますね。

この処分に赤穂藩が大きな不満を持ったのです。

 

討ち入りは最終手段

仇討ちリーダー大石の、元々の目標は、

  • 浅野家の再興 ← 浪士となってしまった多く家臣を救える
  • 吉良上野介の処分 ← 不公平の是正

でした。浅野家の面目を保つことですね。

しかし、浅野家の復興の願いが聞ききれられない結果となり、吉良家への討ち入りに方針を転換しました。

 

打ち首ではなく、切腹

47義士は、幕府の仇討ちのルール(届出制)に従わずに、討ち入りを行いましたが、切腹の沙汰。(打ち首は処罰にあたる)

死ぬことにはなるけど、あ〜良かったと、武士としては名誉の死となるのでしょうか。

一方の吉良家も、家督の領地没収と流罪(お預け)。

この討ち入りを擁護する世論も多く、それが考慮されたのですかね。

 

討ち入り直後の具体的な移動距離

f:id:tueko:20200723182438j:image

(Googleマップより)

討ち入り場所の吉良邸(墨田区両国)から、浅野が眠る泉岳寺(港区高輪)までは、9.1km、徒歩で約2時間ですね。

参考まで、画像には、斬りつけ事件のあった江戸城(皇居)の場所も入れておきました。

現代でもほぼ一直線の道のりですので、当時ともそんなに変わらないのかなと推測します。

ここを、討ち入りを果たした47義士は、敵である吉良の首を担いで、主君である浅野が眠る泉岳寺に向かいました。

さぞかし、満足感に満ちた道中だったろうと思います。

 

「赤穂浪士」物語の略年表

  • 斬りつけ事件:1701å¹´3月14日
  • 討ち入り:1702å¹´12月14日(15日未明) ⬅︎ 泉岳寺の義士祭(冬)の日にち
  • 47義士の切腹:1703å¹´2月4日


主君が亡くなった斬りつけ事件から、1年半以上もの月日が経ってからの討ち入りです。

明け渡し等で赤穂藩がゴタゴタしたのであろうことと、綿密な討ち入り計画を練っていたのがわかりますね。

 

「赤穂浪士」物語視点で再び泉岳寺へ

「赤穂浪士」物語の概略を知ったところで、また泉岳寺の話に戻ります。

墓所をよく見てみると…、

(写真⬇︎ 左:大石、右:浅野)


f:id:tueko:20200723190726j:image

f:id:tueko:20200723190731j:image

47義士のお墓は、彼らの希望通り、君主 浅野の隣に配置されていいます。注目すべきは、第一の家臣 大石が、浅野のすぐ隣にくるように並べられているところです。

f:id:tueko:20200723191913j:image

こういう配慮、泣けてきますよね…。私だけ?笑

とても悔しい思いをしてきた赤穂浪士たちは、死ぬことにはなってしまいましたが、人生最後は、目的達成の満足感に満ち、死後は君主の隣に葬られ、結果として、報われた結末を迎えられたのではないでしょうか。

人って、優しいと思いませんか? 

 

そして、

なんとなく覚えていた「赤穂浪士」「浅野内匠頭」「大石内蔵助」のワードに引っ張られて、そのお墓を見れたー!と、以前混雑で見れなかっただけに、ミーハー的に満足していた我が家。

そんな我が家は、赤穂浪士による歴史のワンシーンや、その人物が生きていた証を感じられる大事な見どころ(下記)を、逃していたのです。

 

首洗い井戸

f:id:tueko:20200723194544j:image

(泉岳寺公式サイトからお借りしました。)

仕留めた敵の首を、主君の墓前に供え報告する前に、洗ったと言われる首洗い井戸。

想像すると怖いですけどね。

 

血染めの梅、血染めの石
浅野が、預かりを受けた田中邸の庭先で切腹した際に、その血がかかったと伝えられている梅と石。

 

主税(ちから)梅
大石主税 (大石内蔵助の長男、享年16歳)が切腹した松平隠岐守三田屋敷に植えられていた梅。

 

大石内蔵助像

f:id:tueko:20200723200038j:image

(泉岳寺公式サイトからお借りしました。)

中門を通り過ぎると、山門の右手前にあります。この像は見ましたよ。

 

歴史の中身を知ると、また訪れたくなりますね。泉岳寺に再訪して、ぜひ歴史トリップを楽しみたいと思います。

今度は、境内をしっかりチェックしてGO!ですね。

f:id:tueko:20200723205025j:image

 

最後に

一連の「赤穂浪士」事件を知って…

人に頭を下げることができないとか、気が短い性格とも言われている浅野内匠頭。

度重なる嫌がらせに対する怒りが積もりに積もって、何かが引き金となりその場でカァーっとなった…。突発的な行動に出たように思えてなりません。

短気な人は損なのかな…と改めて思いました。

60歳の、そこそこの役職を持った吉良上野介と、藩主とは言え35歳の浅野内匠頭。

人生経験のところで、敵わなかったのかな。

 

泉岳寺 基本情報

 〒108-0074 東京都港区高輪2-11-1

  • TEL:03-3441-5560
  • FAX:03-3441-2208

開閉門時間:

  • 夏(4/1~9/30)    7:00~18:00
  • 冬(10/1~3/31)7:00~17:00

アクセス:

  • 泉岳寺駅(A2出口)から徒歩約1分
  • 高輪ゲートウェイ駅から徒歩約7分
  • 近隣にコインパーキングあり

 

なお、泉岳寺にお墓が買えるようです。わぁ!すごい!と思ってよく見たら、

  • 永代使用料250万円〜 + 墓石代、とか
  • 永代使用料、墓石代等コミコミで550万円(税抜)〜

という値段設定でした:(;゙゚'ω゚'):

一番小さい大きさで、ですよ。笑

 

www.tue.tokyo
 

以上

最後までお読みくださりありがとうございます🍀