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小学4年生と2歳の8歳差兄弟が暮らす「とぅえの家」の運営記録 −子育てメインに節約・旅行・仕事など−

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わたしの3.11と直前の不思議な体験

3.11当日は、神奈川県の自宅から区役所での15時からの面談に向かうところでした。職場復帰を目前とした長男育休、終盤の頃でした。

地震は公園にいる時に起こりました

揺れが始まったのは、その途中の公園内。普段ですと、歩いているとなかなか感じない地震の揺れですが、ベンチに座っていたおじいさんの「大地震だ」の一声で、立ち止まり周りを見てみると、電柱などがグラグラと揺れているのが見てわかりました。

ちょうど公園にいて良かった。という安堵感と、なんか、いつもとは違うのを感じました。

区役所に着くと、エレベーターが既にストップしており、バタバタ感が伝わってきます。どうしたら良いのかわかりませんでしたが、ベビーカーに乗っていた長男を降ろし、約束の4階まで階段で向かいました。予定通り、面談は行うとの事。面談室の1階まで再び降りて行き、何事もなかったかのように進められました。途中、比較的大きな余震がありましたので、一時期、中断して外に避難させてもらいました。面談の心療内科の医師は、妙に落ち着いていて、というか、平常心を装っているのか「こんなの大丈夫!」と豪語していました。いやいや、こんな揺れの時は「逃げようよ」と思ったのを覚えています。

自宅は被害なしだけど、なんか変

こんな中で行われた面談も無事に終了し、帰宅。自宅マンションのエレベーターも動いていましたので、何事もなかったごとく6階の自宅に戻りました。

部屋の中は荒れた様子はありません。物1つすら落下しておらず、普段と何も変わっていません。さすが、免震構造。震度5強はOKである事が実証されました。(後から聞くと、在宅していたマンション住民は、揺れが激しかったので、近くの公園に避難したそうです。)

しかし、世の中、何か変。いつもと違う。テレビでは、津波警報が日本のほぼ半分、太平洋側全てを覆っています。日本は大丈夫なの? とても不安になりました。テレビコマーシャルは自粛。「ぽぽぽぽ〜ん」のみ。(←覚えている方いらっしゃいますかね?)

なんだか状況がつかめないまま、時間のみ過ぎました。東北にある実家や勤務中のオットとは連絡が思うように取れません。

そして、帰宅難民になったオット。深夜0時頃の帰宅でした。在来線はほぼストップで大混乱でしたが、動いていた新幹線で新横浜まできて、そこからは知人の奥さんが迎えにきた車に乗せて頂いたそうです。道路も渋滞だったそう。私の実家と連絡が取れたオットから、みんな無事と。取り敢えず、みんな無事で良かった…。

生活が一変して不安な日々

その後の生活は、一変しました。スーパーに物はなくなるし、宅配生協も一時ストップ(その後欠品は続出しましたが、わりとすぐに再開してくれました。)、輪番停電。我が家は停電は運良く対象ではありませんでしたが、いつ起こってもおかしくない停電。電池、懐中電灯はもう手に入りません。中部にあるオットの実家から食材と合わせ、送ってもらいました。小さい子供を抱えていると、本当に不安でした。育休中だったのは不幸中の幸いでしたが。

長男との残りのベッタリ生活を満喫しようと思っていた最中、放射能の混乱もあり、大好きな電車を見せに行くこともできなくなりました。(被害の状況からして、ちっぽけな不満でしたが。)

そして…東北にある実家。西日本に比べて、新幹線に乗ってしまえは意外と東京から近い東北。宅配便も夕方17時に出して翌日の午前中に届く便利さ。これに満足していましたが、震災後は、どちらも無くなりました。育休最後にと地元友人との会う約束もキャンセル。実家に帰れない状況。そしてこれがいつまで続くのか、全く不透明な状態。

テレビで目に入ってくる悲惨な光景。子供の頃に楽しんだ海水浴場も何もかも壊滅。本当に悲しかった…。

その後、落ち着かない状況のまま予定通り5月から職場復帰しました。この時は、子供と離れる不安から育休延長した人が続出だったようです。

振り返れば、開始時から波乱気味だった長男の育休。終わりもこんな状況でした。

 

しかし、こんな未曾有の大惨事の中で、家族・親族の

命が助かっただけでも幸運だった

のだと思います。それに比べ、現在の次男育休。当たり前のように平穏な休暇です。こんな状況を2年も過ごすことができて、感謝ですよね。いかに、何もない日々の暮らしが幸せであるかを思い知らされます。

あれ以来、防災の意識が高まり、非常食・防災セットの備蓄を欠かしていません。起こっては欲しくありませんが、何かあった際には、全力で絶対に子供2人をしっかり守ってやりたいと思います。

震災10日ほど前の不思議な体験

地元(というか県内)の民芸品をテレビボード上のステレオスピーカーに長年飾っていました。

私がスピーカーの近くに行くことは無いので、1歳児の長男がスピーカーを揺らしたのか…記憶は定かでは無いのですが、ある日、その民芸品が床に落ちました。

落下音でその民芸品を見ると…見事なまでに、首がポキッと折れていたのです。それを見た瞬間、「なんか縁起悪い…実家のある県に何か起きるのかな?」と思いました。しかし「県」単位に何か起きる事なんてまずないので、瞬時に「そんな事ないか。」とその思いを打ち消しました。

そんな事もすっかり忘れて3.11。実家のある県に多大な被害が発生しました。あれって、何かの予知だったのかな?とオットと話しています。

不思議体験のおまけ

長男が生まれる何年も前。オットが珍しく、フレンチ鉄人の坂井シェフがオーナーのラ・ロッシェル南青山のディナーを予約してくれました。

メインの食事も終わり、紅茶でデザートを楽しんでいると、スタッフさんが紅茶のおかわりを注いでくれました。その時、そのポットがテーブル上にあった花瓶のお花にあたったのです。と言ってもホントにちょこっと触った程度なんですよ。ピンクのカーネーションの茎がポキッと折れました(泣)。

その時も「わぁ…なんか縁起悪い…。」と思い、そのまま口に出しました。

そしてその後…オットが気分悪いと言い出し、トイレにこもる事、数十分。とうとう救急車を呼ぶ事態になりました。

点滴を受け、事なきを得たのですが、こんな有名店、しかも食事の場に救急車を呼ぶことの事態の大きさに、恐縮しまくりでした。

牡蠣が得意ではないオットが、あまりの美味しそうな見た目につられ、つい食べてしまっただけなのに。料理長さんもお店終了後に立ち寄って下さり…申し訳無かったです。わたしの誕生日も、"おかげさま" でとても思い出深いものとなりました。

この経験もあるので、あれっ?と思う事象は、何かの予知なのかなと思ってしまいます。本当にあるんですかね。

 

話も大きく逸れてしまいましたが、今日の午後2時46分には、忘れずに黙祷を捧げたいと思います。

 

以上

最後までお読みくださりありがとうございます🍀