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小学6年生と4歳の8歳差兄弟が暮らす「とぅえの家」の運営記録 −子育てメインに節約・旅行・仕事など−

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20年乗った愛車とのお別れ…毎日泣きました

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それは突然のお別れでした。

が、我ながら、こんな結果になるとは…と、想定外の結末となりました。

長文、ご了承願います。

 

まさか、前日に…

3/14に、車検に行く予定を立てていました。

前日の3/13の夕方。

いつものように長男を習い事に送って行き、車から降りてドアを閉めたその瞬間、長男が叫びました。

ドアが閉まっていない!

??

何度も閉めようとしましたが、バタンと閉まらず跳ね返って少し開いている状態。

壊れた?

 

オットの表情が変わりました。

もう、この車はダメだ。

 

気付けば20年間も乗っていた我が家の車。5年落ちの中古車を購入したので、25年前のオールドカーです。

 

これまで、そこまでの大きな故障や事故もなく、無事に20年も乗れたのですが、最近になって、色んな所にガタが出てきて、オットは少し心配していたらしい。

 

車は廃車にするしかない。

 

もう完全に廃車と決めつけているオット。

絶対にイヤだ!と反論する私と長男。

 

私は、後部座席に座り、壊れてしまったドアを内側から押さえながら帰途につきました。

車の中では、もうダメだ! 絶対にイヤだ!のバトルが繰り広げられながら。

 

見積りを取って冷静に考えようか

素人が言い合いしていても仕方がないので、どんなものなのか、車検の見積りを取って判断することにしました。

本来だったら、見積り後にはそのまま車検に通すはずだったのに…。

 

結果は、

  • 車検代
  • オイル漏れの修理
  • タイミングベルト交換
  • バッテリー交換
  • そして、前夜に壊れたドアラッチの修理

で、トータル約30万円。

 

壊れて完全には閉まらないドアには、ガムテープを貼って、取り敢えず帰宅しました。

このまま、車検のために引き渡すはずだったのに…

このフレーズが頭の中を何度もリフレイン…。

 

見積りの結果的には、新たな故障であるドアラッチの修理は2万円弱。何とかなる金額です。

しかし、今回、修理して車検に通ったとしても、いかんせん年代ものなので、またどこかが壊れるかもしれないとのこと。

 

この古い車にここまでお金を掛けて維持し続けるのか。駐車場代も高い。それに自動車税やガソリン代。

マイカー通勤しない我が家にとっては、必需品ではない。むしろ贅沢品。

そんなことよりも、走行中に故障して、かわいい子どもたちに何かあったら取り返しが付かない。

 

20年という月日は長い

だけど…。

 

走馬灯の様に昔の記憶が蘇ってきました。

 

この車は、我が家が初めて所有した車です。

 

大学進学のため地方から上京し、東京の駐車場代が高いのにはとても驚きました。

月4〜5万円。部屋を借りられるじゃん。

地元では自宅の庭に駐車するのが当たり前だし、成人1人につき1台所有も当たり前の環境です。

私が東京で車を持つことは絶対に無いなと、漠然とですが、まだ若い私はそんな風に思っていました。

 

ところが、私が今の会社に転職し、社宅に入ることに。東京から神奈川県の奥地?まで引越すことにはなりましたが、駐車場代がとても安かったのです。

じゃ、買っちゃうか?!ということで、この車を購入しました。

 

持つことは無いだろうと思っていた車。

それが思いもよらず手に入った。

 

今でも覚えています。車が届いた日のことを。

東京のオットの会社に届けられ、そこからオットが、同じく東京にある私の会社に寄って、一緒に神奈川県の社宅まで乗って帰りました。

 

それからは、週末にはアウトレットに出かけたり、夜遅くにラーメンを食べに行ったり。それまで全く想像していなかったカーライフが始まりました。

 

山梨、長野、静岡、千葉。

いっぱいこの車で旅行に行ったな。

帰省した時には、母と今は亡き父を連れて温泉にも行った。

羽田空港にもずいぶんと通ったな。

 

長男の妊婦検診にはこの車で通ったし、次男は産院からこの車に乗って初めて我が家にやってきたし。(長男は産院が所有しているベンツ。笑)

 

昨年の旅行時には、突然お腹を壊してどうすることもできなくなった私が、車の中で簡易トイレを使用するという非常事態を経験したし。⬅︎家族からは大ブーイング。笑

 

社宅を出て、現在の自宅マンション(東京)を買った時にも手放すことはしませんでした。

我が家の駐車場は月4〜5万円もしないので、共働きならば何とかなるかなと思ったので。

 

さすがに20年も乗っていますから、色んな思い出がたっくさん、詰まっています。 

 

まだまだいける

そもそも、この車自体をとても気に入っていました。

最初の車は、セダンと決めていたのですが、後部にスポイラーが付いているので、ちょっとスポーティな見た目で、カッコ良いんですよ。

(ファミリーにはミニバンが絶対に使いやすいですけどね)

10万キロちょっとしか乗っていないし、社宅の時からずっと立駐に入れているので、見た目もまだまだきれいです。

うわっ、古!という感じでは決してありません。

 

こんな事を思っていると、涙がポロポロ。

夜寝る前、仕事中、お風呂に入りながら、毎日こっそりと泣いていました。

 

今の我が家にとっては、車所有は贅沢品。だけど愛着が湧き過ぎて手放せない…。

これが頭の中でぐるぐる。

 

会社の車好きなオッサンにも相談しました。

古い車は金食い虫。これから子供の教育費がかかるのだから、手放しなさい。

これが一般論で、正論なのでしょう。

でも、私にとっては腑に落ちない。

 

とうとう気持ちが爆発

そんな時オットから、買い取り査定の見積りを出して、1社から車を実際に見たいと連絡があったと話がありました。

 

確かに、廃車にするよりは、誰かがこの後少しでも乗ってくれたら、嬉しいかも。

売れたとしても二束三文だとは思うけど。

メルカリでお安く売ってしまうのも手かもしれない。(買い手があればだけど)

 

でも、その時私から出た言葉。

 

なんだよ! 手放すのを前提で話してんじゃねーよ。あんたには「気持ち」というものがないのか!

と、いつもおしとやかな(?)私が、こんな言葉で言い返しました。しかもダイニングテーブルをバン!と叩きながら。

 

じゃ、どうすんだよ! もう、時間がないんだよ。3月中に決めないとムダな自動車税がかかるだろ!

 

(4/1時点の所有者が1年分払うとかいうこの税制度、なんとかならないですかね。月割り導入してくんないかな。)

 

この時、初めて家族の前で泣きながら気持ちを訴えました。号泣です。私も必死でした。

 

拾う神の出現

いよいよ、メソメソ泣きながら考えていたことを実行する時が来たようです。

 

実家を継いだ兄への相談。

この車騒動のあまりのショックに、何も手に付かなくなった私ですが、力を振り絞りました。

 

LINEを送っても、既読にならない。

めったに掛けないのですが、電話することに。

 

相談があるんだけど…。お兄ちゃん、うちの車乗らない?(⬅︎これが理想)

いや、趣味じゃ無いから乗らない。

もう廃車にするとオットが言っているんだけど、愛着があり過ぎて、そんなことできない。もう20年も乗ってるから。

そりゃ、そうだな。

そっちの空き地に、ナンバー外して置いといて貰えない? そうすれば、帰省した時に子供たちと車に乗り込むことだけはできる。そうしているうちに、諦めもついて廃車にできるかもしれない。

いやぁ、そんな場所は無いな。いや、既存の車の並べ方を少し変えれば何とかなるかもしれない。

ほんと? それ当てにしていい?

まぁ、大丈夫だろ。

 

やったー!

身近に、この愛着心の理解者が存在していた!

 

実は兄も、我が家と同じ25年前のオールドカーの持ち主。だから、私の気持ちが理解できるのだと思います。

我が家は国産だけど、奴はドイツ車。

しかも、20万キロ越えで、雨ざらしによって見た目もかなりやばい。

でも、修理しながら、40万キロは乗りたいのだそう。

車・運転好きの奴は、かなりの強者だった。

 

出発当日に修理が完了して旅立つ

早速、オットにこの話を伝え、納得させ、買い取り査定をキャンセルしました。

 

これから、オットには私の実家(東北)に車を移動させるという大仕事が待っています。

 

この時点で、3月中の週末はあと1回のみ。だけど、その週末にはあいにく用事がある。

ということで、その前の木曜日に1日休暇を取ることにしました。

 

しかし、上述の通りドアは故障して閉まらない。このままでは走る事はできない。

 

オットの出発まであと3日。

至急、ドアの修理を依頼し、出発日の午後イチに修理を開始し、15時に完了。

部品取り寄せだったにもかかわらず、ギリギリ間に合いました。

 

そして、オットはその日の夕方に私の実家に向けて旅立ちました。

 

最後のひと時を一緒に過ごす

出発の前日。

つまり、愛車と過ごす最終日。

家族みんなで最後のドライブに行くことにしました。平日なので仕事終了後の夜です。

長男と2人で考え…たま〜に家族で買い物をしたイオンに行くことにしました。

フードコートでご飯食べたり楽しかったので。

 

その日は、マックを買って、イオンの駐車場に停めた車の中でみんなで食べました。

なるべく長く車と一緒にいたかったから…。

周りに人がいたら、さぞかし変な家族だと思われたことでしょう。

(セダンの中、狭かった。苦笑)

 

そして、出発日の朝。

長男は学校があるので、家族みんなで早起きをして、マンション前で、記念に写真撮影をしました。

これは密かに、他の住人にかなり見られていたと思います。笑

 

旅立ちの時も、みんなで車に乗り込み、私・長男・次男は途中で降ろしてもらいました。

これが本当に、最後のドライブでしたね。

 

もうずっと一緒に、20年も過ごしてきた車。

ほんの1週間前には、まだまだ乗る予定だった車。

もう少し、財力があれば、一緒に東京に残してあげることができたのに。

そんな車が不憫で、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

今までどうもありがとう。

さようなら。

 

そうして、オットが運転する車は、見えなくなりました。

 

降ろされた私たち3人は、15分ほど歩いて自宅に戻りました。

 

そういえば、オットが話していました。

俺が一番、悲しいに決まっているだろ?

 

いつも運転していたのはオットでしたからね。

 

弾丸の旅

結局オットは、渋滞に巻き込まれ都心を抜けるのに1.5時間。私の実家には夜9時に到着しました。

 

実家といっても、家には泊まれません。

厄介なコロナ。

  • 実家には高齢の母がいるので近くの旅館に泊まり、
  • 朝一で実家の空き地に車を停めに行き、
  • 兄に最寄り駅まで送ってもらい、
  • 新幹線で東京に向かいました。

その足で、ナンバープレートを返しに行き、午後には自宅に戻りました。

前日に我が家を出発してから、24時間も経過していませんでした。

お疲れ!オット!

 

(コロナで約1年半、実家には帰れていない私たち。私が1番、帰りたかった人なのに、こんな形でオットが最初に行くことになるとは!)

 

ドアのラッチが壊れた日(車検の前日)から、実に10日間の出来事でした。こんな一大決心をこんなスピードで決断・実行したのは初めてかもしれません。

この間に、こんな事もありましたが。

www.tue.tokyo

これも、愛車を手放す悲しさと辛さでメソメソの私を救ってくれました。

 

嬉しいおみやげ

オットが帰宅すると、白いものを差し出してきました。

ナンバープレート!

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穴あけのパンチはされていますが、20年間慣れ親しんだナンバーが手元に戻ってきた!

もう、子どもたちも大喜びです。

飾っておこう!

ちなみに、曖昧なオットの記憶によると、ナンバープレートの穴あけパンチ費用100円だけでもらえたそうです。(500円とか書いてあったけど。)

 

こんなもの↓も存在しているんですね。上記の記念写真と一緒に飾ったら良いかも。そのうち買ってしまいそうな我が家です。笑

 

 

そして、車は

実家に車庫はなく…雨ざらし。

おそらく、あっという間に劣化します。

ボデーが色褪せ、錆びてくる。

公道は走れないとは言え大事な車なので、それは極力避けたい。

 

自動車カバーをすぐに購入して、実家に送りました。

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ここまで来るのにとても辛かったですが、これで、あとは早くコロナが終息して、正々堂々と帰省できるようになるのを待つだけとなりました。

 

前出の会社のオッサンには、「そんな事をしたら車がかわいそう」と言われましたが、我が家にとっては、継続して愛車を大事にできる最善の方法だったと思っています。

 

生前中には、冴えない父と思っていたのですが、子ども3人に教育を与え、こうやって、残した土地で子どもの気持ちも救った。

私には到底真似できない。

偉大な父だったんだなと、今更ながら気付きました。

今回、異論を唱えなかった母にも感謝です。当然兄にもです。

 

以上

最後までお読みくださりありがとうございます🍀